大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和35年(う)1353号 判決

被告人 丸山茂三 外一名

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

弁護人内田松太の控訴趣意一、二、三について。

しかし、商法第四九一条にいう預合とは、株式会社の発起人等が株金払込取扱機関の役職員と通謀して株金の払込を仮装する行為をいうものと解すべきところ、原判決挙示の関係各証拠によれば原判示第一事実は優に認められ、更にこれを敷衍すると次の各事実が肯認される。

すなわち、被告人丸山茂三は昭和三〇年四月頃から上田孝造と共同して長崎県対馬竹敷に魚介類乾燥工場の建設計画を進め、同年九月頃被告人藤田清成に協力を求めて共に発起人となり、授権資本金を二〇〇〇万円(一株五〇〇円、四万株)、設立当初の発行株数を一万株(五〇〇万円)とする東洋水産株式会社を設立することとし、被告人丸山茂三と上田孝造は各自二五〇万円宛を出資することを約し、被告人藤田清成は会社設立に必要な書類の作成等に当つたのである。かくて、上田孝造は同年一〇月中旬約定の二五〇万円を出資したので同月二一日内金二四四万円が株金払込取扱銀行である福岡市東中洲二五六番地所在株式会社親和銀行福岡支店に被告人丸山茂三名義を以て預金され、一方被告人藤田清成は会社定款、株式申込証、創立総会関係書類等設立登記に必要な書類の作成を了し、被告人丸山茂三が残額二五六万円を出資すれば直ちに設立登記をなし得る段階に達し、同被告人は早急に右資金の調達に迫られて極力奔走したが、遂に右出資金を調達することができなかつたのである。ここにおいて、被告人丸山茂三は株金の払込を仮装して会社設立登記を完了する外ないと決意し、同月二一日頃右銀行福岡支店に赴き同店の役職員である支店長浜田賢に対して、「東洋水産株式会社の株式払込金五〇〇万円の中二四四万円は既に払込を終り預金しているが不足分の二五六万円は自分が払込まねばならないのに払込ができずに困つている、ところが登記手続の準備は完了して株式払込金保管証明書が揃えば会社設立の登記ができるのである、それで自分が竹敷に送込んでいる資材を見合にして会社の登記が済むまで二五六万円を貸して貰えないか、会社設立の登記が済めば右資材を会社が買受けたことにして直ちに返済する」と懇請し、同人及び同人を通じて支店長中村善男の諒承を得るにいたつたのである。そこで、被告人丸山は直ちに被告人藤田を同支店に呼び寄せ浜田賢同席の上同被告人に対し、「不足額二五六万円については一時銀行から金を借りて登記を済ませ登記が済めばすぐ銀行に返す方法でやることになつたから、手続をしてくれ」と依頼し、同被告人はこれを諒承して直ちに約束手形を振り出し同支店より二五六万円を借受けた上、これをさきの二四四万円の普通預金口座に振込んで合計五〇〇万円の預金となし、更に東洋水産株式会社発起人代表丸山茂三の別段預金に振替えて浜田賢より同支店長中村善男名義の株金五〇〇万円の株式払込金保管証明書の発行を受けたのである。そして被告人藤田は翌二二日該証明書を使用し司法書士納富小次郎に依頼して東洋水産株式会社の設立登記を終るや、直ちに前示別段預金を同会社の当座預金に振替えた上、さきの借受金二五六万円を返済するため同会社代表取締役上田孝造名義の同支店を支払銀行とする同額の小切手を振出して同支店に交付し、同支店は翌々二四日右五〇〇万円の預金中よりその払出を受け以て決済を了したものである。かくて、被告人両名は株金の一部二五六万円の払込がないのに払込まれたように仮装するため、株金払込取扱銀行の役職員と通謀して会社設立登記完了までの約旨を以て右金員を借受けて同銀行に預金した上、株式払込金保管証明書の発行を受け以て預合をしたものである。

そして、被告人丸山茂三が右金員の借受に際し多額の資力を有しないのに有する如く装つて相手方を欺罔したか否は本件預合の成否を論ずる上に何等消長を及ぼすものでないのみならず、挙示の関係証拠によれば同被告人が当時所論の如き多額の資産を有していたことはこれを確認する資料に乏しく、所論の特許権の如きも登録税未納のため昭和二三年頃既に消滅していた事実が認められ、また昭和三〇年一〇月二〇日当時においては未だ同被告人は本件工場建設予定地である対馬竹敷に機械、器具その他の資材を送込んでいなかつた事実が肯認される。なるほど、前示二五六万円の一時貸付に際し、親和銀行福岡支店次長浜田賢が被告人丸山の財産目録と信用調書の提出を求め且つ本店に右貸付の禀議をしていることは所論のとおりである。しかし、挙示の証拠によれば同銀行支店長中村善男並びに支店次長浜田賢は右財産目録、信用調書の内容については同被告人の記載をそのままうのみにして何等実状調査をしておらず、また右禀議手続も貸付の爾後においてなされたもので、前示各書類は制度上本店に禀議する際一応の形式を整えるため徴したものに過ぎないことが看取されるから、右書類の存在と禀議手続の履践は毫も本件貸付を正規の貸付と認むべき資料とはなし難く、却つて貸付に厳格な資力調査と担保要求を重んずる銀行が被告人丸山の資産、信用の実状調査をせず、また物的担保も徴しないでたやすく多額の金員を貸付けたことは、すなわち株金の払込を仮装するため会社設立完了までの約旨に出でたことを裏書きするものというべく、さればこそまた右貸金は設立登記完了と共に返済されたものであり、該返済は所論の如く被告人藤田の思惑的独断によるものではなく、借受当初の約旨に基くものなることは挙示の証拠により認められる。尤も、借受に際し銀行に交付した二五六万円の約束手形の満期日が同年一〇月二四日となつて同月二二日の会社設立登記の日時と異ることは所論のとおりであるが、それは二二日が土曜日、翌二三日が日曜日に当る関係上、二二日設立登記を終つた後土曜日の半日営業の時間内には右借受金の返済手続を完了し得ないことが予測されたため、浜田賢の指示により手形の満期日を二四日の月曜日に延ばしたことが被告人藤田清成の検察官に対する第二回供述調書によつて看取されるから、右日時の相違は毫も異とするに足りないものである。

記録を精査しても原判決に所論の如き事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

同控訴趣意四、五について。

しかし、記録を精査し被告人丸山茂三の司法警察員及び検察官に対する自白の各供述調書を仔細に検討すれば、警察、検察庁の取調に際し所論の如き誘導尋問により同被告人の自白を求めた形跡はなく、その他右自白の任意性、信用性を疑うべき事情は発見し難い。また記録によれば本件捜査の端緒が上田孝造の被告人丸山茂三に対する告訴に基くことは否み得ないが、右上田の主張が所論の如くすべて虚構のもので誣告に当るものとは認められない。論旨は理由がない。

弁護人小野原肇の控訴趣意第一冒頭の論旨について。

しかし、原判決挙示の関係証拠によれば原判示第一の預合の事実及び第三の公正証書原本不実記載、同行使の事実はすべて優に認められる。論旨は理由がない。

同控訴趣意一、二について。

本論旨に対する判断は弁護人内田松太の控訴趣意一、二、三に対する判断と同一であるから、これを引用する。

同控訴趣意三について。

しかし、原判決挙示の関係証拠によれば被告人藤田清成は被告人丸山茂三より東洋水産株式会社設立に協力方を求められてこれを応諾し発起人として会社設立登記に必要な各種書類の作成等に当つていたところ、当初払込むべき株金五〇〇万円の中二四四万円については上田孝造が約旨に従い出資したけれども、被告人丸山茂三において調達すべき残額二五六万円の借受が意の如くならず会社設立登記ができないため焦慮していた折柄、被告人藤田清成は昭和三〇年一〇月二一日頃被告人丸山茂三の招きに応じて株金払込取扱銀行である親和銀行福岡支店に赴いた際、既に株金の払込を仮装するため同支店次長浜田賢との間に会社設立登記完了までの期限を以て右二五六万円の借受をとりきめていた同被告人より該事情を告げられて爾後の手続を依頼されるや、これに賛同して同支店より二五六万円を借受け別段預金とした上、浜田賢から五〇〇万円の株式払込金保管証明書の発行を受けて会社設立登記を完了した事実が認められる。従つて、被告人藤田清成は当初より被告人丸山茂三と共謀して預合をしたものではなくて、発起人である同被告人が株金の払込を仮装するため前示銀行福岡支店の役職員である支店次長浜田賢等と通謀した後これに加担したものであるが、被告人藤田清成はかかる通謀を諒知してこれに賛同し偽装行為により会社設立登記をしようと企て、被告人丸山と犯意を共通して自ら同支店より金員を借入れ株式払込金保管証明書の発行を受けて預合を完遂したものであるから、承継的共同正犯として加担前における通謀を包括した預合行為全部について共同意思の存在を肯定さるべく、同被告人と共に預合の共同正犯としての刑責を免れないものといわねばならない。

原判決が被告人藤田清成を被告人丸山茂三と預合の共同正犯であると断じたのはまことに相当であり、原判決に所論の如き事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

そこで、刑事訴訟法第三九六条に則り本件各控訴を棄却すべきものとし、被告人藤田清成につき生じた当審における訴訟費用は同法第一八一条第一項但書により同被告人に負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤井亮 中村荘十郎 厚地政信)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例